愛犬の健やかな成長を願う飼い主にとって、避妊手術は一生を左右する大きな決断の一つです。
「本当に手術は必要なのか」「麻酔をかけて体に負担はかからないか」「いつ受けさせるのがベストなのか」といった不安や疑問を感じるのは、愛犬を深く大切に思っている証拠です。
本記事では、獣医学的な視点に基づいた避妊手術のメリットとデメリット、費用の目安、手術前後の具体的なケア方法まで、飼い主が知っておくべきすべての情報を詳しく解説します。
この記事を読み終える頃には、愛犬にとって最適な選択を自信を持って選べるようになっているはずです。
もくじ
犬の避妊手術とは:目的と主な方法
犬の避妊手術は、将来的な望まない繁殖を防ぐだけでなく、雌犬特有の病気を予防するために行われる外科手術です。
一般的には「卵巣摘出手術」または「卵巣子宮摘出手術」のいずれかが行われます。
現在、日本の動物病院の多くでは、卵巣と子宮の両方を摘出する方法が主流となっています。
これは、卵巣を残すことによる再発情のリスクや、子宮を残すことによる子宮蓄膿症などの疾患リスクを完全に排除するためです。
手術は全身麻酔下で行われ、腹部を数センチ切開して臓器を摘出します。近年では、傷口をより小さく、痛みを軽減できる腹腔鏡(ふくくうきょう)手術を選択できる病院も増えてきています。
避妊手術の基本的な種類と特徴を以下の表にまとめました。
避妊手術の種類と比較
このように、手術方法によって愛犬への負担や得られる効果が異なります。
現在の主流は卵巣子宮摘出術ですが、愛犬の体質や病院の設備に合わせて相談することが大切です。
避妊手術を受ける最大のメリット:病気予防とストレス軽減
避妊手術を受ける最も大きな動機は、将来の深刻な病気を予防できる点にあります。
雌犬にとって、避妊手術は単なる不妊処置ではなく、寿命を延ばしQOL(生活の質)を高めるための予防医療としての側面が非常に強いのです。
1. 乳腺腫瘍(乳がん)の予防
雌犬で最も多く見られる腫瘍の一つが乳腺腫瘍です。その約50%が悪性(がん)であると言われており、早期の対策が重要です。
乳腺腫瘍の発生には性ホルモンが深く関わっているため、避妊手術を受けるタイミングによって、その予防効果は劇的に変化します。
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初回発情前に手術:予防率 約99.5%
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2回目の発情前に手術:予防率 約92%
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3回目の発情以降:予防効果が大幅に低下する
このように、**「初めてのヒート(発情)が来る前に手術を受けること」**が、将来の乳がんリスクを最小限に抑える鍵となります。
2. 子宮蓄膿症の完全な予防
子宮蓄膿症とは、細菌感染によって子宮内に膿が溜まってしまう、命に関わる緊急疾患です。
高齢の未避妊犬で非常に発生しやすく、放置すれば腹膜炎や多臓器不全を引き起こして死に至ります。
避妊手術で子宮を摘出していれば、この恐ろしい病気に怯える必要はなくなります。「老犬になってからの緊急手術」という高いリスクを回避できるのは、飼い主にとっても大きな安心材料となるでしょう。
3. 発情に伴うストレスの解消
発情期(ヒート)になると、雌犬はホルモンバランスの変化により、イライラしたり食欲が落ちたりすることがあります。
また、出血(ヒート)があるため、自宅の汚れを防ぐためのオムツ着用や、散歩中のオス犬との接触を避けるための過度な緊張が、犬と飼い主の双方にストレスを与えます。
避妊手術を行うことで、これらの発情サイクルから解放され、心身ともに穏やかに過ごせるようになります。
知っておくべきデメリットと術後のリスク
メリットが多い避妊手術ですが、外科手術である以上、リスクや副作用も存在します。これらを正しく理解しておくことが、「こんなはずじゃなかった」という後悔を防ぐことにつながります。
1. 全身麻酔のリスク
避妊手術は必ず全身麻酔下で行われます。現代の獣医療において麻酔の安全性は非常に高まっていますが、リスクをゼロにすることはできません。
特に、心臓病などの持病がある場合や、短頭種(パグやブルドッグなど)の場合は、麻酔のリスクが通常より高くなる傾向があります。
術前の検査をしっかりと受け、愛犬の現在の健康状態を把握することが不可欠です。
2. 太りやすくなる(肥満のリスク)
手術後、多くの飼い主が直面するのが「愛犬が太った」という悩みです。
避妊手術を行うとホルモンバランスが変化し、基礎代謝が約15〜20%低下すると言われています。
一方で、生殖に関連するエネルギー消費がなくなるため、それまでと同じ量の食事を与え続けると、確実と言っていいほど体重が増加します。
肥満は関節炎や心臓への負担を増大させ、せっかく病気を予防したのに別の病気を引き起こす原因となります。
術後はフードの量を調整したり、避妊去勢犬専用の低カロリーフードに切り替えたりするなどの対策が必要です。
3. ホルモン反応性尿失禁
稀なケース(数%以下)ですが、手術後に女性ホルモンが減少することで、尿道の締まりが悪くなり、寝ている間などに尿が漏れてしまう「ホルモン反応性尿失禁」が発生することがあります。
これは中・大型犬で比較的多く見られる傾向があります。万が一発生した場合はお薬でコントロールできることが多いですが、特定の犬種や体格によっては考慮すべきリスクの一つです。
避妊手術に最適な時期:いつ受けさせるべきか?
「いつ手術を受けるのが一番いいのか」という問いに対する答えは、犬種や体重、そして飼い主の考え方によって多少異なります。
一般的な推奨時期:生後6ヶ月〜1歳前後
多くの動物病院では、乳腺腫瘍の予防効果を最大化するために、**「初回発情が来る前(生後6ヶ月〜8ヶ月頃)」**を推奨しています。
この時期であれば、乳腺腫瘍の予防率が極めて高く、また若いため麻酔からの回復も早いというメリットがあります。
犬種別の考慮事項
最近の研究では、大型犬の場合は成長板の閉鎖を待つために、1歳を過ぎてから手術を検討した方が、関節疾患のリスクを下げられるという説もあります。
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小型犬:生後6〜8ヶ月頃(初回発情前)
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大型犬:生後9ヶ月〜1歳半頃(成長が落ち着いてから)
ただし、手術を遅らせればそれだけ乳腺腫瘍の予防効果は薄れていきます。
愛犬のサイズやライフスタイルに合わせて、かかりつけの獣医師とじっくり相談し、タイミングを決定することが最も重要です。
避妊手術の費用相場と助成金制度
費用については、動物病院が自由診療であるため、地域や病院の規模によって幅があります。
一般的な避妊手術費用の内訳と目安
このほか、初診料や再診料、抜糸費用などが別途かかる場合があります。また、多くのペット保険では避妊手術そのものは「病気ではない」と判断され、保険適用外となる点に注意が必要です。
自治体の助成金をチェック
多くの市区町村では、望まない繁殖を防ぐ目的で「犬・猫の不妊・去勢手術費用の助成金」を出しています。
金額は自治体によって異なりますが、3,000円〜10,000円程度補助される場合が多いです。**「お住まいの地域名 + 犬 避妊手術 助成金」**で検索し、申請条件や期間を確認しておきましょう。
予算に達し次第終了となる自治体も多いため、早めの確認がおすすめです。
手術当日の流れと準備:飼い主ができること
手術が決まったら、当日までと当日の流れを把握して、愛犬がリラックスして臨める環境を整えましょう。
手術前日の準備
手術当日は全身麻酔をかけるため、胃の中に食べ物が入っていると、麻酔中に嘔吐して喉を詰まらせる危険があります。
そのため、通常は**前日の夜から絶食(12時間前など)**が必要です。水についても、手術の数時間前から制限されることがあります。
病院からの指示を厳密に守ることが、愛犬の命を守ることに直結します。
手術当日のスケジュール
①午前中:来院・健康チェック(当日、体調が悪い場合は延期することもあります)
②お預かり:愛犬を病院に預け、飼い主は一旦帰宅します
③手術実施:麻酔、手術、覚醒(通常30分〜1時間程度)
④術後経過観察:麻酔がしっかり切れるまで、病院で安静にします
⑤お迎え(または入院):日帰り、もしくは1泊の入院後に帰宅となります
お迎えの際は、麻酔の影響で少しボーッとしていることもあります。「よく頑張ったね」と優しく声をかけ、静かに車やキャリーで運んであげてください。
術後の自宅ケア:傷口の見守りと安静のコツ
無事に手術が終わり帰宅した後は、飼い主による自宅でのケアが重要になります。術後の1週間をどう過ごすかが、傷口の治り具合を左右します。
1. 傷口をなめさせない(エリザベスカラー・術後服)
犬の本能として、傷口をなめて治そうとしますが、これは絶対に避けなければなりません。
口内の雑菌が入って化膿したり、自分で糸を噛み切って傷口が開いたりするトラブルが非常に多いためです。
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エリザベスカラー: 首に巻くラッパ状の保護具。視界が悪くなるためストレスを感じる犬も多い。
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術後服: 体を覆う服タイプ。カラーに比べて動きやすく、ストレスが少ない。
最近では、伸縮性が高く排泄もそのままできる優れた術後服が多く販売されています。愛犬の性格に合わせて、事前に用意しておくのが賢明です。
2. 安静を保つ
退院した当日は、まだ体力が回復していません。激しい運動やジャンプ、階段の上り下りは控え、静かな部屋で休ませましょう。
散歩は翌日以降、愛犬の様子を見ながら短時間(トイレを済ませる程度)から再開します。他の犬と激しく遊んだり、泥汚れが傷口についたりする可能性がある場所は、抜糸が終わるまで避けてください。
3. 傷口のチェックポイント
毎日1〜2回、傷口の状態を確認しましょう。
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異常なし:傷口が乾燥しており、赤みも少ない
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要相談:じわじわと出血している、膿が出ている、異常に腫れている、強い熱感がある
もし傷口を気にして元気が極端にない、食欲が全くないといった場合は、早めに手術を受けた病院に連絡してください。
術後の食事と体重管理:一生の健康を守るために
先述の通り、避妊手術後の最大の敵は「肥満」です。手術が終わったその日から、飼い主の意識を切り替える必要があります。
給餌量の見直し
術後は代謝が落ちるため、これまでと同じ量を与え続けると過剰摂取になります。
一般的には、**「手術前の給餌量から10〜20%減らす」**ことが一つの目安です。また、多くのメーカーから販売されている「避妊・去勢犬用」のフードは、カロリーが控えめで満腹感を得やすいように工夫されています。
これらのフードを上手に活用するのも良い方法です。
体重測定を習慣にする
見た目では分かりにくいわずかな体重増加も、小型犬にとっては大きな負担になります。
術後1ヶ月、3ヶ月、半年と、定期的に動物病院や自宅で体重を測定しましょう。少し増えてきたと感じたら、すぐにおやつの量を減らすなどの微調整を行うことで、理想的な体型を維持できます。
よくある質問
避妊手術に関して、飼い主からよく寄せられる質問にお答えします。
Q:手術をすると性格が変わると聞きますが本当ですか?
A:劇的に性格が変わることは稀ですが、ホルモンバランスの影響で**「少しおっとりする」「攻撃性が和らぐ」**といった変化が見られることはあります。
これは若々しさが失われるわけではなく、発情に伴う精神的な不安定さがなくなることで、落ち着きが出てくるためと考えられています。
飼い主さんへの甘えん坊度が増したという声もよく聞かれます。
Q:生理(ヒート)中でも手術は受けられますか?
A:生理中の手術は不可能ではありませんが、子宮周囲の血管が拡張し、出血のリスクが高まるため、基本的には生理が終わってから1〜2ヶ月後の安定した時期に行うのが一般的です。
もし生理が始まってしまった場合は、一度獣医師に相談し、最適な日程を再調整してもらいましょう。
Q:高齢になってからでも避妊手術は受けたほうがいいですか?
A:子宮蓄膿症などの病気のリスクは高齢になるほど高まるため、高齢であっても健康状態に問題がなければ手術のメリットはあります。
ただし、若齢時よりも麻酔のリスクが高くなるため、術前検査の結果を慎重に判断する必要があります。
予防としての手術か、治療としての手術かを獣医師とよく検討してください。
Q:手術当日に用意しておくべきものはありますか?
A:清潔なバスタオルとキャリーバッグを用意しましょう。
術後は体温調節機能が一時的に低下しやすいため、タオルで保温してあげると安心です。また、自宅で傷口を保護するための「術後服」をあらかじめ用意し、サイズを合わせておくと、帰宅後スムーズに過ごせます。
Q:抜糸までは何日くらいかかりますか?
A:病院の方針や傷口の治り具合によりますが、通常は手術から10日〜2週間の間に抜糸を行います。
最近では「皮内縫合(ひないほうごう)」という、溶ける糸を使って皮膚の内側で縫う方法もあり、その場合は抜糸が不要になることもあります。
術後のスケジュールについては、お迎えの際に必ず確認しておきましょう。
まとめ
避妊手術は、愛犬に痛い思いをさせてしまうという申し訳なさを感じるかもしれません。
しかし、その決断は、愛犬が将来経験するかもしれない大きな病気や苦痛を、未然に取り除いてあげるための深い愛情に基づいたものです。
手術そのものは、現代の獣医療では日常的に行われている安全性の高いものです。
信頼できる獣医師を見つけ、愛犬の状態をしっかりと相談することで、不安の多くは解消されるはずです。
手術を乗り越えた後は、発情によるストレスからも解放され、愛犬とより穏やかで充実した毎日が待っています。
この記事が、あなたと愛犬にとって後悔のない選択をするための一助となれば幸いです。


















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避妊手術は「乳腺腫瘍」や「子宮蓄膿症」といった命に関わる病気を高い確率で予防できる
最大のメリットを得るには、初回発情(生後6〜8ヶ月頃)までの手術が望ましい
全身麻酔のリスクや術後の肥満リスクを正しく理解し、適切な対策を講じることが重要
術後はエリザベスカラーや術後服を活用し、約2週間の抜糸まで傷口を保護する
生涯の健康を維持するために、術後の食事管理と体重測定を徹底する