愛犬が元気に走り回る姿を支えているのは、人間とは大きく異なる進化を遂げた「骨格」です。
犬の骨の数は、犬種や尾の長さなどによって異なりますが、平均すると約319〜321本程度とされ、人間の206本より多いのが特徴です。その一つひとつが走る・守る・支えるといった重要な役割を担っています。
本記事では、獣医学的視点に基づき、犬の骨格の基本構造から、人間との驚きの違い、そして愛犬の健康を維持するために飼い主が知っておくべきケア方法までを詳しく解説します。
もくじ
犬の骨格の基本構造
犬の骨格は、平均すると約319〜321本程度の骨によって構成されており、これは成人の約206本と比較して圧倒的に多い数字です。
この複雑な構造は、野生時代の狩猟本能を支えるために、「俊敏な動き」と「内臓の保護」を両立させるように進化してきました。
骨格には主に以下の5つの重要な役割があります。
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支持作用:身体の重量を支え、正しい姿勢を保つ。
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保護作用:頭蓋骨が脳を、胸郭が心臓や肺を守る。
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運動作用:筋肉と連携し、関節を支点として動く。
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造血作用:骨髄で血液の細胞を作る。
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貯蔵作用:カルシウムなどのミネラルを蓄え、必要に応じて放出する。
犬の骨格は、大きく分けて「軸骨格(頭蓋骨・脊柱・胸郭)」と「付属骨格(前肢・後肢)」に分類されます。
特に脊柱は、首から尾の先まで細かく分かれた椎骨で構成されており、走る際の高い柔軟性を生み出す源となっています。
犬と人間の骨格における決定的な違い
犬と人間の骨格を比較すると、四足歩行と二足歩行の違いに由来する興味深い特徴が見えてきます。愛犬の身体の特性を正しく理解することは、無理な姿勢による怪我を防ぐために非常に重要です。
骨格として機能する鎖骨がないことによる可動域の変化
人間には肩甲骨と胸骨を繋ぐ「鎖骨」がありますが、犬には骨格として機能する鎖骨はないとされています(※筋肉内に埋もれた痕跡的な鎖骨が残っている場合もあります。)
| 特徴 | 人間 | 犬 |
| 鎖骨の有無 | あり(強固に結合) | 退化している |
| 肩甲骨の固定方法 | 骨同士が連結 | 筋肉だけで胴体に付着 |
| 可動のメリット | 腕を回す、横に広げる | 前後の歩幅を大きく伸ばせる |
| 弱点 | 肩の脱臼が起こりやすい | 肩周りの筋肉に負担がかかりやすい |
鎖骨がないことで、犬の前肢は胴体と骨で繋がっておらず、強力な筋肉だけで支えられています。
これにより、走行時の着地の衝撃を筋肉で吸収し、ダイナミックなストライドを実現していますが、同時に横方向の動きには弱いため、無理に前足を開かせるような動きは禁物です。
「つま先立ち」で歩く構造
犬の足を見ると、人間でいう「かかと」に当たる部分が地面から浮いていることに気づきます。これは「趾行性(しこうせい)」と呼ばれ、常につま先だけで立っている状態です。
人間のかかとに相当する踵骨(しょうこつ)は、犬では高い位置にあります。この構造により、地面との接地面積を最小限に抑え、高い加速性能や効率的な推進力を生み出すことが可能になっています。
部位別の骨格の役割と特徴
犬の身体を支える各部位には、それぞれ専門的な役割があります。
ここでは、特に重要な3つのセクションに分けて解説します。
頭蓋骨と顎の構造
犬の頭蓋骨は、嗅覚を司る鼻腔や聴覚を支える構造が発達しており、種類によって「短頭種」「中頭種」「長頭種」に分類されます。
また、顎の関節は「蝶番(ちょうがい)関節」のような構造になっており、人間のように左右にすり潰す動きができません。これは、獲物の肉を食いちぎり、丸呑みすることに特化した作りであるためです。
脊柱(背骨)の柔軟性
犬の背骨は、頸椎(7個)、胸椎(13個)、腰椎(7個)、仙椎(3個)、尾椎(可変)で構成されています。
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頸椎:重い頭を支え、広い視野を確保するために自由に動く。
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胸椎・腰椎:走る際に弓のようにしなり、後ろ足の蹴り出しを効率よく前進力に変える。
特に背中の中ほどにある「キ甲(きこう)」と呼ばれる部分は、肩甲骨の上端にあたり、犬の体高を測る際の基準点となります。
四肢(前足・後ろ足)の機能
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前肢(前足):体重の約60%から70%を支える役割があり、方向転換やブレーキの機能を担います。
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後肢(後ろ足):強力な筋肉が付着しており、推進力を生み出すエンジンとしての役割を果たします。
犬種による骨格の差異と注意点
犬種によって骨格の形状は大きく異なります。その多様性こそが犬の魅力ですが、同時に特定の部位への負担がかかりやすいというリスクも抱えています。
短足種(ダックスフンド・コーギーなど)
足の骨が短く、胴が長い犬種は、背骨(脊椎)への負担が非常に大きくなりやすい構造です。特に椎間板ヘルニアのリスクが非常に高いため、段差の多い生活環境や肥満には細心の注意が必要です。
超小型犬(チワワ・トイプードルなど)
骨一本一本が非常に細く、繊細です。人間にとっては些細な段差(ソファやベッドなど)からの飛び降りが、橈尺骨(前足の骨)の骨折を引き起こす原因になります。
大型犬(ラブラドール・ゴールデンなど)
成長スピードが非常に速いため、骨の成長に筋肉や関節が追いつかない「いわゆる『成長痛』と呼ばれる症状(汎骨炎などの成長期特有の疾患)や、股関節の形成不全が起こりやすい傾向があります。急激な体重増加は骨格を歪めるため、幼少期からの食事管理が不可欠です。
骨格の健康を維持するためのケア方法
愛犬が一生自分の足で歩き続けるためには、日々の生活環境の整備と適切な栄養管理が欠かせません。
適切な運動と筋肉の維持
骨を支えているのは筋肉です。運動不足で筋肉が衰えると、関節や骨にダイレクトに負担がかかるようになります。
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毎日の散歩:関節を動かすことで関節液の循環を促し、軟骨の健康を保つ。
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適度な負荷:平坦な道だけでなく、芝生や緩やかな坂道を歩くことでバランスよく筋肉を鍛える。
室内環境の整備(滑り止め対策)
日本の住宅に多いフローリングは、犬の骨格にとって「氷の上」を歩くようなものです。
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マットの設置:滑りやすい場所にはラグやジョイントマットを敷く。
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足裏の毛のカット:肉球周りの毛が伸びると滑りやすくなるため、定期的にケアする。
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段差の解消:スロープを設置し、足腰への衝撃を最小限に抑える。
栄養管理(カルシウムと体重管理)
骨の健康にはカルシウムやビタミンDが必要ですが、サプリメントでの過剰摂取は逆に骨の変形を招く恐れがあります。
最も重要なのは「適正体重の維持」です。わずかな体重増加でも、関節や骨への負担は大きく増加するとされています。
BCS(ボディ・コンディション・スコア)を活用し、肋骨に軽く触れられる程度の体型を維持しましょう。
よくある質問(FAQ)
犬の骨折を見分けるポイントや、家でできる応急処置はありますか?
足を地面につけずに浮かせて歩く、患部が異常に腫れている、触ろうとすると激しく嫌がるといった様子があれば骨折を含む重篤な外傷の可能性があるため、早急な受診が必要です。。
無理に添え木をしようとすると痛みを悪化させ、二次被害を招く恐れがあるため、安静な状態を保ち、すぐに動物病院へ搬送することが最善です。
老犬になって歩き方がおかしくなりましたが、これは骨の問題ですか?
加齢に伴う変性性関節症や、筋力の低下、神経系の疾患など、原因は多岐にわたります。
「年だから仕方ない」と放置せず、専門医の診察を受けてください。
痛みを緩和する治療や、環境改善によって、愛犬の生活の質(QOL)を大きく改善できる場合があります。
子犬の時期に特に気をつけるべき骨格のトラブルはありますか?
成長期の無理な激しい運動(フリスビーや長距離のランニング)は、成長板と呼ばれる骨の成長を司る部分を傷めるリスクがあります。
また、高カロリーな食事による急激な体重増加は、骨格が固まる前に大きな負荷をかけてしまうため注意が必要です。成長に合わせた適切な栄養バランスを心がけましょう。
犬が後ろ足を「スキップ」するように歩くのは、骨の異常ですか?
小型犬に多く見られる「膝蓋骨脱臼(パテラ)」の典型的なサインである可能性が高いです。
膝のお皿が正常な位置から外れてしまう疾患で、放置すると骨が変形したり靭帯を断裂したりするリスクがあります。
痛みが出ていない段階でも早めに受診し、グレードを確認してもらうことが重要です。
鎖骨がないのに、どうして前足で顔を拭くような動きができるのですか?
犬には鎖骨がありませんが、肩甲骨を支える筋肉(僧帽筋や広背筋など)が非常に発達しており、限定的ながら器用な動きを可能にしています。
ただし、人間のように腕を真横に広げる構造ではないため、抱き上げる際に脇を掴んで持ち上げる行為は、肩周りの筋肉や関節を傷める原因になります。
まとめ
犬の骨格は、約320本の骨が複雑に組み合わさり、四足歩行のプロフェッショナルとして完成された構造を持っています。
鎖骨がない柔軟な肩、瞬発力を生むつま先立ち、しなやかな背骨。これらすべてが愛犬の活発な動きを支えています。
しかし、その繊細な構造ゆえに、フローリングの滑りや段差、肥満といった現代の飼育環境が負担となっているのも事実です。
「滑らない環境」「適正体重」「適度な筋肉」の3点を意識し、愛犬がシニアになっても自分の足でお散歩を楽しめるよう、今から骨格の健康管理を始めていきましょう。


























