愛犬が突然倒れて体を震わせる姿を目の当たりにすると、多くの飼い主様は強い不安と恐怖を感じるものです。
それは「てんかん」という脳の病気かもしれません。
本記事では、犬のてんかんで見られる具体的な症状や、全般発作・焦点発作の違い、そして万が一の時に飼い主様が取るべき正しい行動と注意点を詳しく解説します。
もくじ
犬のてんかんとは?主な症状と2つの発作タイプ
犬のてんかんは、脳の神経細胞に繰り返し異常な電気活動が生じることで発作を起こす、慢性的な脳疾患です。
「いつまた発作が起きるかわからない」という不安を抱える方は多いですが、まずは症状を正しく理解することが大切です。
発作の現れ方は、脳のどの範囲で異常が起きているかによって、大きく「全般発作」と「焦点発作(部分発作)」の2種類に分けられます。
愛犬の動きがどちらのタイプに近いか把握することが、正確な診断への第一歩となります。
全身が激しく震える「全般発作」の特徴
全般発作は、大脳の広い範囲で一斉に過剰な興奮が起こる状態で、犬のてんかんにおいて最も一般的に知られている形式です。
突然意識を失って倒れ、全身がガクガクと激しく震えたり、硬直したりする姿は非常にショッキングな光景です。
具体的には、手足をピーンと伸ばす強直性発作や、手足をバタバタと泳ぐように動かす間代性発作が見られます。
発作中は意識がないため、飼い主様の呼びかけに反応することはありません。
体の一部や行動に異変が出る「焦点発作」の特徴
焦点発作は、以前は「部分発作」と呼ばれており、脳の一部のみで異常な電気活動が起こることで発生します。
「顔の一部がピクピク動く」「一点をぼーっと見つめる」といった、一見すると病気とは気づきにくい症状が特徴です。
また、空中にいないハエを追いかけるような「ハエ噛み行動」や、自分の尻尾を執拗に追いかける異常行動として現れることもあります。
意識が保たれている場合も多いため、見逃されやすい注意点といえます。
【保存版】犬のてんかん発作が起きた時のチェックリスト
いざ発作が起きた時、「何をすればいいかわからない」とパニックになることを避けるために、チェックすべきポイントを整理しましょう。
発作の状態を冷静に観察することは、後の獣医師への説明において極めて重要なメリットをもたらします。
以下の表に、主な発作の種類と具体的な症状をまとめました。
| 発作のタイプ | 主な症状 | 意識の有無 |
| 全般発作(強直間代性) | 全身の硬直、激しいけいれん、泡を吹く、尿失禁 | なし |
| 焦点発作(運動性) | 顔面や手足の一部がピクピク動く、首が曲がる | あり(または混濁) |
| 焦点発作(行動性) | 突然のパニック、ハエ噛み、一点を凝視する | あり |
| 自律神経発作 | 過剰なよだれ、嘔吐、下痢、瞳孔が開く | あり |
発作が起こる前の「予兆行動」と見極め方
てんかん発作が始まる数分から数時間前に、犬がいつもと違う様子を見せることがあります。これを「前兆」と呼びます。
落ち着きなく歩き回る、物陰に隠れる、異常に甘えてくるといった行動変化に注意を払ってください。
これらのサインに気づくことができれば、あらかじめ愛犬を安全な場所へ移動させ、怪我を防ぐ準備を整えることが可能になります。
発作中の具体的な動きと持続時間の目安
発作が始まったら、まずは時計を見て「何分続いているか」を確認してください。
多くのてんかん発作は、数十秒から2〜3分程度で自然に収まります。
一般的に5分以上持続する発作は『てんかん重積状態』とされ、緊急対応が必要とされています。
また、発作中に激しく体を打ち付けたり、吐いたものを喉に詰まらせたりしないよう、周囲の安全を確保しましょう。
発作が終わった後の「回復期」に見られる様子
激しいけいれんが収まった後、すぐに元通りになるわけではありません。
足元がフラフラする、目が見えていないように壁にぶつかる、異常にお腹を空かせるといった様子が数時間続くことがあります。
この回復期に無理に触ったり、階段の近くへ行かせたりすることは、転倒や攻撃行動を招く恐れがあるため注意が必要です。
愛犬が落ち着くまで、静かな環境でそっと見守りましょう。
てんかんと間違いやすい他の病気との違い
すべての「けいれん」が、脳の持病である「てんかん」とは限りません。
「うちの子は本当にてんかんなのか?」という悩みを解決するために、原因による分類を理解しておきましょう。
てんかんは大きく分けて、以下の3つのパターンに分類されます。
| 分類名 | 主な原因 | 特徴 |
| 特発性てんかん | 遺伝的要因、原因不明 | 検査で異常が見つからない、1〜5歳で発症しやすい |
| 症候性てんかん | 脳腫瘍、脳炎、脳外傷、水頭症 | 脳そのものに構造的な異常がある |
| 反応性発作 | 低血糖、中毒、肝不全、腎不全 | 脳以外の病気や体調不良によって発作が誘発される |
脳に異常がない「反応性発作(低血糖・中毒)」
反応性発作は、脳自体には問題がないものの、血液中の成分異常などが原因で脳が刺激されて起こります。
子犬に多い低血糖や、誤飲による中毒、肝臓の機能低下などが代表的な例です。
この場合、原因疾患を適切に治療することで、発作が改善または消失するケースが多いとされています。
てんかん薬を飲み始める前に、血液検査でこれらの原因を除外することが非常に重要です。
脳そのものに原因がある「症候性てんかん」
高齢になってから初めて発作が起きた場合、脳腫瘍などの深刻な病気が隠れている可能性が高まります。
「シニア犬だから仕方ない」と放置せず、専門的な検査を受けることを強く推奨します。
水頭症や脳炎なども、激しい発作を引き起こす原因となります。
これらは脳の画像検査(MRIなど)を行わなければ正確に診断できないため、注意が必要です。
愛犬が発作を起こした時の応急処置とNG行動
愛犬が苦しそうにしていると、何かしてあげたいと思うのが飼い主様の心境です。
しかし、良かれと思ってした行動がかえって症状を悪化させることもあるため、正しい知識を身につけましょう。
飼い主が絶対にやってはいけない5つのNG行動
発作中に最も避けるべきなのは、飼い主様がパニックになって大声を出すことです。
大きな声や強い刺激は、脳の興奮をさらに助長させ、発作を長引かせる可能性があります。
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口の中に手やタオルを入れない(舌を噛むことは稀で、指を強く噛まれる危険があります)
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体を強く押さえつけない(骨折や脱臼の原因になる恐れがあります)
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大声で呼びかけたり揺さぶったりしない(脳をさらに刺激してしまいます)
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発作直後に水や食べ物を与えない(誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが非常に高いです)
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すぐに抱っこして運び出そうとしない(無意識に噛み付かれる危険性があります)
すぐに動物病院を受診すべき緊急性の高いサイン
すべての場合で即座に夜間救急へ走る必要はありませんが、以下のケースは例外です。
手遅れになると脳に深刻なダメージが残るため、迷わず連絡してください。
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発作が5分以上続いている(重積状態)
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一度収まった後、意識が戻る前に次の発作が起きた
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24時間以内に2回以上の発作が起きた(群発発作)
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発作後に呼吸が苦しそうだったり、舌の色が紫(チアノーゼ)になったりしている
病院での検査内容と治療にかかる費用の目安
てんかんの診断には、消去法による丁寧なステップが必要です。
「いくら費用がかかるのか?」という不安を解消するため、一般的な検査項目と費用の相場を整理しました。
| 検査項目 | 目的 | 費用の目安(概算) |
| 問診・診察 | 発作の状況把握、神経学的検査 | 2,000円 〜 5,000円 |
| 血液検査 | 低血糖、肝臓・腎臓疾患の除外 | 5,000円 〜 15,000円 |
| レントゲン・超音波 | 胸部・腹部の異常確認 | 5,000円 〜 10,000円 |
| MRI・CT検査 | 脳の構造的異常(腫瘍等)の確認 | 50,000円 〜 100,000円 |
| 脳脊髄液検査 | 脳炎や感染症の確認 | 10,000円 〜 20,000円 |
診断のための血液検査やMRI検査の内容
まずは血液検査を行い、内臓疾患や代謝異常による「反応性発作」ではないかを確認します。
ここで異常がなければ、次に脳そのものを調べるMRI検査が検討されます。
MRI検査は高額で全身麻酔が必要となりますが、脳腫瘍や脳炎を早期発見できる大きなメリットがあります。
かかりつけの獣医師と、愛犬の年齢や体調を考慮して相談しましょう。
抗てんかん薬による投薬治療の考え方
てんかん治療の目的は「発作をゼロにすること」ではなく、「発作の頻度と重症度を下げて、生活の質(QOL)を保つこと」にあります。
一度飲み始めた薬は、自己判断で中断してはいけません。
急に薬を止めると、リバウンドによる激しい重積発作が起きる危険性があるためです。
定期的な血中濃度測定を行いながら、その子に最適な投与量を見極めていきます。
てんかんの犬と穏やかに暮らすための日常ケア
てんかんと診断されても、多くの犬は適切なケアによって長く幸せな生活を送ることができます。
過度に制限しすぎず、愛犬がリラックスできる環境を整えることが大切です。
ストレスを減らし規則正しい生活を心がける
急激な温度変化、過度な興奮、睡眠不足などは、発作を誘発するトリガーになることがあります。
規則正しい食事と睡眠のリズムを守ることが、脳の安定につながります。
また、来客や工事の音などのストレス要因を避け、愛犬が安心して休める「静かな居場所」を作ってあげることを検討してください。
獣医師への共有に役立つ「発作記録」の付け方
診察時に最も役立つ情報は、飼い主様による詳細な記録です。
「いつ」「どんな状況で」「何分間」起きたのかをメモしておきましょう。
もっとも推奨される方法は、スマートフォンでの動画撮影です。
ショッキングな光景ですが、発作の様子を動画で見せることで、獣医師は「それが本当にてんかんなのか」を正確に判断できます。
よくある質問(FAQ)
てんかん発作が起きると寿命が短くなりますか?
適切な治療で発作がコントロールされていれば、多くの犬が寿命まで全うすることが可能です。
ただし、発作を放置して「重積状態」や「群発発作」を繰り返すと、脳へのダメージが蓄積し寿命に影響する場合があります。
早期の受診と継続的な投薬管理を行うことが、愛犬の長生きに直結します。
てんかんは遺伝するのでしょうか?
性てんかんの中には、遺伝的素因が関与していると考えられている犬種があります。
柴犬、ゴールデン・レトリーバー、ボーダー・コリー、ビーグルなどは比較的発症しやすいと言われています。
ただし、遺伝だけが原因ではなく、環境要因なども複雑に絡み合うため、過度に自分を責める必要はありません。
食事療法でてんかんを改善することはできますか?
特定の成分(MCTオイルなど)が含まれた療法食が、発作の頻度を減らす補助として有効であるという研究結果が出ています。
ただし、食事だけで完全に治るわけではなく、あくまでお薬の補助としての役割です。
新しい食事を取り入れる際は、必ずかかりつけの獣医師に相談してから行うようにしましょう。
薬の副作用が心配です。ずっと飲み続けて大丈夫でしょうか?
抗てんかん薬には、ふらつき、食欲増進、肝機能への影響などの副作用が出る可能性があります。
そのため、定期的な血液検査で体への影響をチェックしながら服用することが前提となります。
「副作用が怖いから」と薬を減らすのは最も危険な行為であり、獣医師の指示に従うことが何より安全です。
発作中に舌を噛んで死んでしまうことはありますか?
犬がてんかん発作中に自分の舌を噛み切って死に至ることは、医学的に見て極めて稀です。
無理に口を開けようとして、飼い主様が指を深く噛まれたり、犬の歯を折ってしまう事故の方が多く発生しています。
口元には絶対に手を出さず、静かに見守ることが最善の選択であることを忘れないでください。
まとめ
犬のてんかん症状は多岐にわたり、全身のけいれんから小さな行動の異変まで様々です。
発作を目の当たりにすると動転してしまいますが、「冷静に時間を計り、動画を撮り、静かに見守る」という基本を徹底しましょう。
てんかんは完治が難しい病気ではありますが、正しい知識と適切な治療によって、愛犬との穏やかな日常を取り戻すことは十分に可能です。
一人で悩まず、異変を感じたら早めに信頼できる動物病院へ相談してください。





















