犬に噛まれたとき、真っ先に頭に浮かぶのは「狂犬病」かもしれません。
しかし、現在の日本において、狂犬病よりも現実的で、かつ命に関わる重大なリスクとなるのが**破傷風(はしょうふう)**です。
「飼い犬だから大丈夫」「傷が小さいから平気」という自己判断は、もっとも危険な選択になりかねません。
破傷風菌は土壌だけでなく、動物の口の中にも潜んでおり、目に見えない小さな傷口からでも侵入するからです。
この記事では、犬に噛まれた際に破傷風を発症する確率、感染のリスクを高める条件、そして受診の目安について、医療的知見に基づき詳しく解説します。
もくじ
犬に噛まれて破傷風になる確率は?日本での現状
結論からお伝えすると、犬に噛まれて破傷風を発症する正確な確率は数値化されていません。
しかし、これは「安全だから」ではなく、適切な予防処置が行われているため、あるいは報告数が限られているためです。
日本国内全体では、破傷風の年間報告数は約100例前後で推移しています。かつては年間1,000人以上が亡くなっていた病気ですが、ワクチンの普及により激減しました。
感染確率以上に注意すべき「重症化リスク」
確率そのものは低く見えますが、破傷風は発症した際の致死率が非常に高い(成人で約10〜30%)ことが最大の特徴です。
犬に噛まれた傷(咬創)は、通常の切り傷と異なり、牙が深く刺さることで「酸素の少ない密閉された空間」を皮下に作ります。
破傷風菌は酸素を嫌う性質(嫌気性菌)があるため、咬傷は菌がもっとも増殖しやすい環境といえるのです。
世代による「免疫力の差」がリスクを左右する
破傷風の感染リスクを考える上で、もっとも重要なのがあなたの予防接種歴です。日本では1968年(昭和43年)から破傷風を含む定期予防接種が開始されました。
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1968年以前に生まれた方: 定期接種を受けていない可能性が高く、免疫をほぼ持っていない「高リスク層」です。
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1968年以降に生まれた方: 子供の頃に接種していますが、免疫の有効期限は約10年とされています。最終接種から時間が経っている場合は、免疫が切れている「中リスク層」となります。
破傷風だけではない?犬の咬傷で起こる感染症の割合
犬に噛まれた際、傷口から感染症を起こす確率は、統計によって**約4%〜20%**と言われています。
破傷風はあくまでその一部ですが、傷口の管理を怠ると他の細菌感染も併発し、それが破傷風菌の増殖を助ける要因にもなります。
犬の口内に存在する主な細菌と感染リスクを整理しました。
このように、犬に噛まれた傷は「見た目以上に汚染されている」と考えるのが医療現場の常識です。
犬に噛まれた後の「受診の目安」と判断基準
「この程度の傷で病院に行っていいの?」と迷う方は多いですが、出血を伴う傷がある場合は、迷わず医療機関を受診してください。
特に以下のようなケースでは、破傷風のリスクが格段に高まります。
1. 傷口が深く、鋭い
犬の牙による傷は、表面は小さく見えても深部まで達していることがよくあります。深ければ深いほど酸素が届かず、破傷風菌が繁殖しやすくなります。
2. 傷口が土や泥で汚れた
屋外で噛まれた場合や、犬が直前まで地面を舐めていた場合、土壌中に生息する破傷風菌が直接傷口に入り込みます。
3. 受傷から時間が経過している
「翌日になって腫れてきた」という状態は、すでに細菌が増殖を始めているサインです。破傷風の潜伏期間は通常3日〜3週間ですが、初期対応が遅れるほどリスクは増大します。
破傷風の初期症状:見逃してはいけないサイン
破傷風菌が体内で毒素(テタノスパスミン)を出すと、神経系に作用して筋肉のコントロールができなくなります。以下の症状が1つでも現れたら、即刻救急外来を受診する必要があります。
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口が開きにくい(開口障害): 最初に出やすい症状です。食べ物が噛みにくい、しゃべりにくいと感じます。
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顔の引きつり: 筋肉が硬直して、笑っているような表情(痙笑)が固定されます。
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首や背中のこわばり: 首筋が張る、体が後ろに反り返るような違和感。
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飲み込みにくさ: 水や食事が喉を通りにくくなります。
これらの症状が出る前に、**「噛まれた直後の予防」**を行うことが生存率を分ける決定打となります。
病院で行われる「破傷風予防」の処置内容
医療機関(外科・整形外科・形成外科など)を受診すると、傷の状態とあなたの接種歴に合わせて、主に2つのアプローチで破傷風を防ぎます。
創部洗浄(デブリードマン)
まずは大量の生理食塩水などで傷口を徹底的に洗います。死んだ組織や汚れを取り除くことで、破傷風菌が好む「無酸素状態」を解消します。
予防接種(ワクチンと免疫グロブリン)
医師は患者の年齢やワクチンの記憶を確認し、以下の処置を組み合わせて行います。
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破傷風トキソイド(ワクチン): 自分の体で抗体を作らせるためのものです。過去に接種歴がある人の「追加免疫」として有効です。
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抗破傷風ヒト免疫グロブリン(テタノブリン): すでに毒素が回っている可能性がある場合や、免疫が全くない場合に、外部から直接抗体を注入する緊急処置です。
よくある質問
Q:室内飼いのチワワに噛まれましたが、破傷風になりますか?
A:なる可能性はあります。
屋内犬であっても、散歩中に土壌に触れたり、自身の体を舐めたりすることで、口内に破傷風菌を保持している場合があるからです。
傷口から出血があるなら、念のため受診をおすすめします。
Q:昔、学校で予防接種を受けた記憶があれば大丈夫ですか?
A:10年以上経過しているなら、免疫が不十分です。
破傷風ワクチンの効果は永久ではありません。最後に打ってから10年(汚染された傷の場合は5年)が経過している場合、追加接種が必要と判断されるのが一般的です。
Q:噛まれた直後に自分でできる応急処置は?
A:水道水で5分以上、徹底的に洗い流してください。
石鹸を使って周囲を洗うのも有効です。ただし、消毒液を深く流し込むと組織を傷め、逆に菌を封じ込めるリスクがあるため、まずは流水での洗浄を最優先してください。その後、清潔なガーゼで保護して病院へ向かいましょう。
まとめ
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犬に噛まれて破傷風になる確率は低いが、発症すれば命に関わる。
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犬の咬傷は深くなりやすく、破傷風菌がもっとも好む環境を作る。
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1968年以前生まれ、または最終接種から10年以上経過している人は注意が必要。
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出血を伴う傷があるなら、自己判断せずに外科・整形外科を受診する。
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受診時は、必ず「いつ、どの程度の深さを噛まれたか」を正確に伝える。
犬に噛まれた傷は、目に見えるダメージ以上に内側での感染リスクが潜んでいます。破傷風は**「なってから治す」のが極めて難しい病気ですが、「噛まれた直後に防ぐ」ことは100%可能**です。
大切な家族や自身の健康を守るために、迅速な医療機関への相談を心がけてください。


























