犬に噛まれるというアクシデントは、突然のことでパニックになりやすいものです。
しかし、犬の口内には多くの細菌が存在しており、適切な処置を怠ると重篤な感染症を引き起こすリスクがあります。
もしあなたや家族、あるいは愛犬が誰かを噛んでしまった場合、まずは冷静になり、優先順位に従って行動することが重要です。
この記事では、犬に噛まれた直後に自分で行うべき応急処置、受診すべき診療科、そして法的に定められた届け出義務について詳しく解説します。
後回しにすると危険な情報ばかりですので、必ず最後まで確認してください。
もくじ
犬に噛まれた直後に必ず行うべき「3つの応急処置」
犬に噛まれた際、傷口の見栄えに関わらず、最も優先すべきは「感染症の予防」です。
たとえ小さな傷や、血が出ていないように見える状態であっても、以下の手順をすぐに行ってください。
1. 傷口を大量の流水で洗い流す
何よりも先に、傷口を水道水(流水)で5分以上、徹底的に洗い流してください。 犬の唾液に含まれる細菌を物理的に洗い流すことが、感染症リスクを下げる最大の対策です。
この際、傷口を無理に広げる必要はありませんが、表面だけでなく奥まで水が届くように意識しましょう。
石鹸(固形・液体どちらでも可)を泡立てて優しく洗うことも有効ですが、消毒液を直接かけるよりも「水で流す」ことのほうが医学的には重要視されます。
2. 清潔な布で圧迫止血する
洗浄が終わったら、清潔なガーゼやタオルで傷口を覆い、5分から10分ほど強く圧迫して止血します。
もし、圧迫しても出血が止まらない場合や、拍動に合わせて血が噴き出すような場合は、大きな血管が傷ついている可能性があります。
その際は、すぐに救急車を呼ぶか、夜間であっても救急外来を受診してください。
3. 傷口を高く保つ
止血を行いながら、噛まれた部位を心臓よりも高い位置に保つようにしてください。 これにより、患部の腫れ(浮腫)を抑え、痛みを緩和する効果があります。
自己判断で市販の塗り薬や絆創膏で密閉するのは避けましょう。咬傷(こうしょう)は細菌を閉じ込めてしまうと逆効果になる場合があるため、通気性を保ったまま病院へ向かうのが正解です。
病院は何科に行くべき?受診の目安と治療内容
「たかが犬に噛まれたくらいで……」と通院をためらうのは禁物です。
犬の咬傷は、見た目以上に深い組織まで細菌が入り込んでいることが多く、数日後に激しく腫れ上がるケースが少なくありません。
受診すべき診療科の選び方
基本的には、「外科」または「形成外科」を受診してください。
傷が深い場合や、神経・腱への影響が懸念される場合は、専門的な処置が可能な大きな病院が望ましいです。顔を噛まれた場合などは、傷跡をきれいに治すために形成外科が適しています。
また、お子様が噛まれた場合は「小児科」でも初動対応は可能ですが、外科的処置が必要な場合は紹介状を書かれるケースが多いでしょう。
病院で行われる主な治療と検査
医療機関では、以下のような処置が行われます。
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デブリードマン(洗浄・切除): 傷口の奥まで徹底的に洗浄し、死んだ組織を除去します。
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抗生物質の投与: 感染を未然に防ぐ、あるいは治療するために処方されます。
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破傷風ワクチンの接種: 破傷風は致死率の高い感染症であるため、過去のワクチン接種歴を確認した上で追加接種が行われることが一般的です。
犬に噛まれた際の受診判断基準を以下の表にまとめました。
犬に噛まれた際の受診判断チェックリスト
| 状態・症状 | 受診の緊急性 | 推奨される行動 |
| 出血が止まらない・傷が深い | 非常に高い(緊急) | すぐに救急外来または外科へ |
| 腫れ、赤み、痛みがある | 高い | 当日中に外科・形成外科へ |
| 飼い犬に甘噛みされた(傷なし) | 低い | 自宅で洗浄し、数日様子を見る |
| 相手が野良犬、または予防接種不明 | 非常に高い | 狂犬病リスクがあるため即受診 |
「自分では大したことない」と思っても、翌日に患部が熱を持って動かせなくなることがあります。 早めの受診が、結果として最短の回復につながります。
知っておくべき「感染症」のリスクと症状
犬の口の中には、人間にとって有害な細菌が常在しています。特に注意すべき3つの感染症について正しく理解しておきましょう。
1. パスツレラ症
犬や猫の咬傷・掻傷で最も頻繁に発生する感染症です。噛まれてから数時間〜数日以内に、傷口の激しい痛み、赤み、腫れが現れます。
糖尿病などの持病がある方や免疫力が低下している方は、重症化して敗血症を引き起こす恐れもあるため、迅速な抗生物質治療が必要です。
2. 破傷風
土壌中に潜む破傷風菌が、傷口から侵入することで発症します。筋肉のこわばりや痙攣を引き起こし、最悪の場合は呼吸困難で死に至る非常に危険な病気です。
日本では多くの人が幼少期にワクチンを打っていますが、効果が切れている年代も多いため、病院での追加接種が推奨されます。
3. 狂犬病
日本では1957年以降、国内での発生はありませんが、世界的には現在も毎年数万人が死亡している恐ろしい病気です。発症した後の致死率はほぼ100%と言われています。
万が一、海外で犬に噛まれた場合や、輸入された可能性のある動物に噛まれた場合は、発症を防ぐためのワクチン(暴露後免疫)を即座に開始しなければなりません。
決して「日本では大丈夫だから」と過信しないようにしましょう。
飼い主と被害者が負う「法的な届け出義務」
日本には「狂犬病予防法」という法律があり、犬が人を噛んだ場合には厳格な手続きが義務付けられています。これは、狂犬病の発生を未然に防ぐための極めて重要な社会的ルールです。
飼い主が行うべき手続き
もし自分の愛犬が人を噛んでしまった場合、飼い主には以下の義務が発生します。
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保健所への届け出(24時間以内): 事故が発生した場所を管轄する保健所に「飼い犬事故発生届」を提出しなければなりません。
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獣医師による検診(48時間以内): 噛んだ犬を獣医師に診察させ、狂犬病の疑いがないか鑑定を受ける義務があります。
これらの義務を怠ると、法律に基づき罰金が科せられる可能性があるため、パニックにならず速やかに対応してください。
被害者側が行うべきこと
噛まれた被害者側も、管轄の保健所に「咬傷被害届」を出すことが推奨されます。 これにより、相手の犬の予防接種状況などが公的に確認され、適切な指導が行われます。
また、相手の連絡先(氏名・住所・電話番号)と、犬の登録番号やワクチンの有無をその場で確認しておくことが、後のトラブル回避に不可欠です。
慰謝料や治療費はどうなる?示談トラブルを防ぐ知識
犬による咬傷事故は、法的には「不法行為」に該当することが多く、飼い主には被害者に対する損害賠償責任が生じます。
請求できる費用の目安
被害者は加害者(飼い主)に対し、以下の費用を請求できるのが一般的です。
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治療費・通院費: 病院での診察代、薬代、交通費の実費。
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休業損害: 通院や怪我のために仕事を休んだ場合の補償。
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慰謝料: 怪我による肉体的・精神的苦痛に対する賠償金。
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後遺障害慰謝料: 大きな傷跡が残った場合などに請求できる可能性があります。
示談交渉をスムーズに進めるために
多くの場合、飼い主が加入している「個人賠償責任保険」や「ペット保険の特約」で対応することになります。
個人間で「その場で示談」をするのは絶対に避けましょう。 後から感染症が悪化して追加の治療費が発生した場合、示談成立後だと請求が難しくなるリスクがあるからです。
必ず病院の診断書を添えて、保険会社を介して、あるいは書面でやり取りを行うのが賢明です。
よくある質問
Q:飼い犬に軽く噛まれただけですが、保健所への届け出は必要ですか?
A:原則として、たとえ軽微な傷であっても、犬が人を噛んだ場合は保健所への届け出が必要です。 狂犬病予防法は公共の安全を守るための法律であり、傷の深さで義務が免除されるわけではありません。後のトラブルを防ぐためにも、自治体のルールに従って報告することをお勧めします。
Q:野良犬に噛まれましたが、どこへ相談すればいいですか?
A:まずはすぐに病院へ行き、傷の処置と狂犬病・破傷風の対策を行ってください。 その後、周辺住民への被害拡大を防ぐため、速やかに保健所および警察へ連絡し、現場の状況を報告しましょう。
Q:子供が顔を噛まれてしまいました。傷跡を残さないためには?
A:初期段階で「形成外科」を受診することが最善です。 咬傷は感染しやすいため、通常の切り傷とは異なる専門的な洗浄・縫合技術が求められます。また、受診の際は「いつ、どんな犬に、どのように噛まれたか」を正確に医師へ伝えてください。
まとめ
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犬に噛まれたら、まずは5分以上、傷口を流水で徹底的に洗い流す。
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見た目が軽くても、感染症リスクを避けるために必ず「外科」または「形成外科」を受診する。
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狂犬病予防法に基づき、飼い主は24時間以内に保健所へ届け出る義務がある。
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治療費や示談については、個人間で解決せず保険や書面を通じて適切に対処する。
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破傷風やパスツレラ症など、後から症状が出る感染症を軽視しない。
犬に噛まれたという出来事は、身体的な痛みだけでなく精神的なショックも大きいものです。
しかし、初期対応を正しく行うことで、重篤な感染症や大きな法的トラブルのほとんどは防ぐことができます。
まずは落ち着いて、目の前の傷口を洗うことから始めてください。
そして、自己判断で済ませず、専門家である医師や行政機関の力を借りることが、あなたと愛犬、そして周囲の安全を守る唯一の道です。
この記事が、あなたの不安を解消し、適切な行動をとるための助けになれば幸いです。


























