「さっき散歩に行ったばかりなのに」
「私の顔をじっと見ながら、わざとカーペットでおしっこをした……。」
そんな愛犬の行動に、ショックを受けたりイライラしたりした経験はありませんか。
まるで飼い主を困らせようとしているかのような行動を見ると、
「嫌がらせをされているのでは?」
「私のことが嫌いなの?」
と悲しくなるのも無理はありません。
しかし、結論からお伝えすると、犬には人間が考えるような「仕返し」や「道徳的な嫌がらせ」という概念はありません。そこには、犬なりの切実な理由や、これまでの学習の結果が隠されています。
この記事では、犬が「わざと」トイレを外しているように見える心理を徹底的に解説し、飼い主さんのイライラを解消して清潔な生活を取り戻すための具体的なステップを詳しくお伝えします。
もくじ
犬は本当に「わざと」嫌がらせをするのか?
多くの飼い主さんが感じる「わざと感」の正体について考えてみましょう。犬が飼い主の目を見ながら、あるいは禁止されている場所で排泄する時、そこには明確な意図があるように見えます。
しかし、動物行動学の視点では、犬に「相手を困らせてやりたい」という複雑な復讐心はないとされています。それでも「わざと」に見える行動をとる背景には、犬なりの学習があります。
飼い主の反応を「報酬」と勘違いしている
犬がトイレを外した時、飼い主さんが「あー!ダメでしょ!」と大きな声を出したり、慌てて掃除を始めたりすることがあります。
人間にとっては叱っているつもりでも、寂しがり屋の犬や構ってほしい犬にとっては、「トイレ以外ですれば、飼い主さんが自分に注目してくれる」という報酬になってしまうのです。
これが、飼い主さんの目を見ながら粗相をする大きな理由の一つです。彼らにとって、無視されることよりも、怒られてでも注目を浴びることの方が価値が高い場合があります。
過去の記憶と場所の結びつき
一度失敗した場所で繰り返すのは、そこにおしっこのニオイが残っているからだけではありません。
「ここで排泄した時に、飼い主さんが近寄ってきてくれた(騒いでくれた)」という過去の刺激的な記憶が、その場所を特別なスポットに変えてしまっているのです。
これを防ぐには、感情を一切出さずに淡々と処理する「静かな対応」が不可欠となります。
犬がトイレを外す5つの心理的・物理的理由
「わざと」に見える行動の裏側には、必ず何らかのトリガーが存在します。まずは愛犬がどのパターンに当てはまるか、冷静に観察してみましょう。
主な理由は、大きく分けて以下の表の通りです。
犬がトイレ以外で排泄してしまう主な原因一覧
| 原因の分類 | 具体的な状態・理由 | 飼い主への見え方 |
| 構って攻撃 | 注目されたい、遊んでほしい | 目を見ながら、または目の前でする |
| ストレス・不安 | 環境変化、留守番、分離不安 | 飼い主の布団や脱ぎ捨てた服の上でする |
| トイレ環境の不満 | 汚れている、狭い、場所がうるさい | トイレのすぐ横や、全く別の静かな場所でする |
| マーキング | 自分の勢力を誇示したい、不安の解消 | 壁や家具の角など、高い位置に向かってする |
| 身体的トラブル | 膀胱炎、結石、加齢による失禁 | 間に合わずに歩きながら、または寝床でする |
それぞれの原因について、詳しく見ていきましょう。
1. 注目を浴びたい「構って攻撃」
先ほど触れた通り、最も「わざと」に見えやすいのがこのパターンです。
特に、仕事や家事で忙しくしている時や、スマホを触っていて犬を無視している時に発生しやすくなります。「おしっこをすれば、ママやパパが動いてくれる」と学習している状態です。
この場合、排泄後に犬は逃げるどころか、飼い主さんの顔をうかがったり、尻尾を振ったりすることすらあります。
2. 環境の変化によるストレス
引っ越し、新しい家具の導入、家族の増減(赤ちゃんの誕生や来客)、あるいは近所での工事の音など、些細な変化が犬にストレスを与えます。
ストレスを感じると、犬は自分のニオイが強く残る場所で排泄することで安心感を得ようとする習性があります。
飼い主さんの匂いが強くついている「布団」や「ソファー」で粗相をされるのは、飼い主さんを嫌っているからではなく、むしろ大好きで信頼している匂いに包まれて安心したいという心理の裏返しなのです。
3. トイレそのものへの不快感
犬は非常に清潔好きな動物です。一度おしっこをしたシートがそのままになっていたり、トイレトレーが汚れていたりすると、そこを避けるようになります。
また、「トイレの場所が騒がしい」「屋根付きトイレが狭くて圧迫感がある」「足元がグラグラする」といった物理的な不快感も大きな要因です。
以前はできていたのに急に失敗が増えた場合は、トイレのサイズが愛犬の成長に合っているか、洗剤の匂いがきつすぎないかを見直す必要があります。
叱るのは逆効果?「わざと」に見える時の正しい対処法
愛犬が粗相をした瞬間、つい声を荒らげたくなる気持ちは痛いほど分かります。しかし、ここで感情的になることは、問題解決を遠ざけるどころか悪化させる原因となります。
「叱ること」が逆効果になる3つの理由を知っておきましょう。
排泄行為そのものを「いけないこと」と誤解する
犬は、粗相をした「場所」を叱られているのか、排泄という「行為」そのものを叱られているのかを厳密に区別できません。
厳しく叱りすぎると、犬は「飼い主の前で排泄すると怒られる」と恐怖を感じ、隠れてこっそりするようになったり、食糞(排泄物を食べて隠す)を始めたりするリスクがあります。
恐怖による信頼関係の崩壊
大声で怒鳴ったり、鼻先を排泄物に押し付けたりする行為は、犬にとって「大好きな人が急に怖くなった」というトラウマを植え付けるだけです。
信頼関係が崩れると、ストレスが増大し、さらにトイレの失敗が増えるという悪循環に陥ります。
粗相を見つけた時の黄金ルール
失敗を発見した際は、以下のステップを徹底してください。
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声を出さない:驚いた声や叱る声は一切封印します。
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目を合わせない:構ってほしい犬にとって、視線は報酬になります。
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淡々と掃除する:犬を別の部屋に移動させるか、視界に入らないようにして無言で片付けます。
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ニオイを完全に消す:アンモニア臭が残っていると、そこがトイレだと認識され続けます。専用の消臭スプレー(酵素系など)を使いましょう。
「失敗した時は何も起きない(面白くない)」という環境を作ることが、再教育の第一歩となります。
状況別:トイレ再しつけの具体的なステップ
原因を把握したら、次は実践です。犬の心理を塗り替えるためのアプローチを、状況別に整理しました。
基本的な考え方は、「失敗させない環境づくり」と「成功への最大級の賞賛」の組み合わせです。
1. 構ってほしい犬へのトレーニング
「構ってほしいから外す」犬には、日常のコミュニケーションの質を見直す必要があります。
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十分な運動と遊び:エネルギーが余っていると、いたずらや構って攻撃が増えます。
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「何もしない時」に褒める:静かにお気に入りのおもちゃで遊んでいる時や、足元でリラックスしている時に、優しく声をかけたり撫でたりしてください。
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トイレ成功を大げさに喜ぶ:正しい場所でできた時は、パーティーかと思うほど明るい声で褒め、大好きなおやつを与えます。
「外でするよりも、正しい場所でする方がずっと得だ」とメリットを比較させることが重要です。
2. 環境不満を解消するチェックリスト
トイレの失敗が続く時は、以下の項目を一つずつ確認し、改善してください。
トイレ環境の改善ポイント
| チェック項目 | 改善案 | 期待できる効果 |
| トイレのサイズ | 体長の1.5倍以上の幅を確保する | はみ出しや、窮屈さによる回避を防ぐ |
| 設置場所 | 寝床から離し、人通りの少ない静かな角へ | 安心して排泄に集中できる環境を作る |
| シートの清潔度 | 1回ごとに交換、または汚れない大判を使う | 足裏が汚れる不快感を取り除く |
| トレーの安定性 | 滑り止めを敷き、ガタつきをなくす | 飛び乗った時の恐怖心をなくす |
これらを整えるだけで、「わざと」だと思っていた行動がピタッと止まるケースも少なくありません。
3. ストレス対策と安心感の提供
引っ越しや家族構成の変化など、避けられないストレスがある場合は、愛犬が「自分だけの安全地帯」を持てるように工夫します。
クレート(ハウス)トレーニングを並行し、誰にも邪魔されない安心できる場所を作ることで、精神的な不安定さからくる粗相を軽減できます。
放置厳禁!病気や加齢が原因の場合
どんなにしつけを見直しても改善しない、あるいは急に様子が変わったという場合は、心理的な問題ではなく身体的なトラブルを疑うべきです。
これらは犬自身の意志ではどうにもできないことであり、放置すると命に関わる場合もあります。
注意すべき「受診のサイン」
以下のような様子が見られる場合は、すぐに動物病院へ相談してください。
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排泄の回数が異常に多い(頻尿)
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おしっこに血が混じっている(血尿)
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排泄時に痛そうに鳴く、腰を振る
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水を飲む量が急激に増えた
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寝ている間に漏らしている
特に、膀胱炎や結石は強い不快感を伴います。「トイレまで間に合わない」「痛くていつもの場所でできない」という状態を、飼い主さんが「わざと」と誤解してしまうのは非常に悲しいことです。
シニア犬(高齢犬)の認知機能不全
7歳を超えたあたりから、犬も認知機能の変化が起こることがあります。
以前は完璧にできていたトイレの場所を忘れてしまったり、トイレの段差を越えるのが億劫になったりします。
この場合はしつけ直すのではなく、トイレの数を増やす、段差をなくす、オムツを活用するなど、シニアライフをサポートする視点に切り替えましょう。
よくある質問
Q:一度覚えたトイレを、1歳を過ぎてから失敗するようになりました。反抗期ですか?
A:犬にも「若年期」と呼ばれる時期があり、ホルモンバランスの変化や自我の芽生えで、一時的に指示を聞きにくくなったり、マーキング欲求が高まったりすることがあります。反抗というよりは、「自分のテリトリーを主張したい」という本能的な変化です。
ここで感情的に叱ると関係が悪化するため、基本に立ち返って「成功したら褒める」を徹底してください。去勢・避妊手術によって改善する場合もあります。
Q:留守番中だけ、わざと私のスリッパにおしっこをします。寂しさの仕返しですか?
A:仕返しではなく、強い不安(分離不安)の表れである可能性が高いです。飼い主さんの匂いが最も強く残っているスリッパに自分の匂いを重ねることで、パニックを鎮めようとしています。
留守番の時間を短くする、外出前後の過度な挨拶を控える、知育玩具を与えて退屈させないなどの対策が必要です。症状が重い場合は、専門のドッグトレーナーや獣医師に相談することをお勧めします。
Q:多頭飼いを始めてから、先住犬が粗相をします。嫉妬しているのでしょうか?
A:人間で言う「嫉妬」に近い感情はありますが、本質的には「自分の居場所(優位性)が脅かされている不安」です。新入り犬に飼い主さんの注目を奪われたと感じ、自分をアピールするために排泄行動をとっています。
先住犬を優先して可愛がる時間を意識的に作り、心の安定を図ることが解決の近道です。
まとめ
愛犬がトイレ以外で排泄してしまう問題は、飼い主さんにとって精神的な負担が非常に大きいものです。しかし、「わざとやっている」という思い込みを捨てることが、解決への最大の近道となります。
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犬には人間のような復讐心や意地悪な意図はない
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「構ってほしい」「注目されたい」という誤学習が原因のことが多い
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環境の不備やストレス、身体的な病気が隠れている可能性を常に疑う
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失敗した時は感情を無にして淡々と片付け、成功を全力で褒める
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叱ることは百害あって一利なし。信頼関係を優先する
愛犬がトイレを外す時、それは彼らからの「何か困っている」「もっと見てほしい」「体が痛い」というサインかもしれません。
イライラしそうな時は一度深呼吸をして、愛犬の目線になって今の環境を見渡してみてください。適切な原因把握と、根気強い「褒めるしつけ」を継続すれば、必ずまた元の穏やかな生活に戻れるはずです。
大切な家族である愛犬と、より深い絆で結ばれるための試練だと捉え、一歩ずつ取り組んでいきましょう。





















